原稿用紙26枚目

趣味のライブやオタクコンテンツについて長々と語ったり、Twitterに書くほどではないひとりごとをこっそり投稿します。お気軽にご覧下さい!

最高で大好きなシャニマス3rdツアーの、最高なところ(小泉進次郎構文)

こんばんは。シャニマス3rdツアーお疲れさまでした。巷では3rdツアーを汚い言葉で罵るnoteが話題だなと思いながらアーカイブを見ていると「こんな素晴らしいライブが何であんなことを言われないといけないのだよ」とムカついてきたので適当に書こうと思います!!

 

順番に整理します

観客がライブやツアーに何を求めるのか

まず確認しないといけない"前提"

 経験的に、「分かり合えない人」というのが出てくるのはまず議論してる時に頭の中にある前提条件が同じではないことが多いと思います。例えば「雨」について議論が起こっていたとしましょう。Aさんは「雨は良くない」と主張し、Bさんが「雨は降った方がいいでしょ」と反論したとします。これでは議論は平行線、AさんとBさんは分かり合えない人同士になると思います。ここでもしAさんが「(自分が出かける時は雨が降っていると荷物がぬれたり傘を持って行ったりして面倒だから)雨はよくない」というように自分の身の回りの雨について、Bさんが「(晴れが続くと作物が育たなくて農家の方が困るだろうから)雨は降った方がいい」と言うようにある対象を想定して意見を述べていたとしましょう。このように書くと、同じ単語について話しているように見えても議論対象がズレていることが分かります。見方によるとどちらも正義でしょう。この場合、議題に一言「身の回りの雨について」もしくは「農家さんと雨について」のように「雨」についての情報を追加すればどうでしょうか。Aさんは「農家さんのことを思うと適度に降った方がいいね」となるかもしれませんし、Bさんは「確かに出かける時に雨が降っていたら面倒だし降らない方がいいね」となるかもしれません。そういうわけで、議論の前にテーマの認識や価値観をいったん整理することが大切でしょう。

それを踏まえて今回のツアーは?

 さてだいぶ脱線しましたが、話を戻して同様に考えます。今回は3都市を巡るツアーでした。さっきの例え話に倣うと「ツアーとはこういう物だ」という個人個人にある考えをまず整地する必要があると思います。つまり、ここに何を求めて参加するのかが議論のポイントになると思います。恐らく件の方は、ツアーひいてはライブとは「何の曲が来るか分からない博打的な要素」が魅力の大部分をしめており、ツアーは全通する観客も想定して退屈させない工夫をして当然だと考えているのだろうと感じました。その工夫とは、デレやミリのツアーを例に取って言うところの「ツアーに大きな共通理念があり、それから外れない範囲で各地で別々の公演を行う」のように、全通した人も違うセットリストでライブを見られて楽しい!みたいなことを指しているのだと思います。そういう認識のもとであの主張となると全くぶれはなく、まあ言わんとしていることは分かるかなという気持ちになります。(ただし「最低で大嫌い」みたいな偽物のワルキューレ楽曲にありそうなタイトルを付けてるのがそもそもの批判が集まる原因だと思いますし、もしPV数を稼いで注目浴びるためにこんなタイトルにしてるならツアーを作ってきた皆さんにすっごく失礼だし理解不能ですけども)

その認識のもとで話をしているのは分かるけど

 私自身も各地で全然違うセットリストで構成されるけどツアー全体でつながるように工夫されたツアー構成は悪くないと思いますし、いきなり予期しなかった異常楽曲のイントロでぶん殴られるのが気持ちいいのは分かります。今回のツアーが"もしも"そういう構成になっていたらそれはそれで楽しかったでしょう。一方で、「ツアーにこれらを求めるのが当たり前!」で議論を進めるのが本来的に正しいのかどうかと言うと疑問を感じます。今回のシャニ3rdについてはソロ曲の披露が期待されていましたが一旦それは横に置いておきましょう。そもそも、ツアーと言うものは全通を想定して作られているのではなく、「普段は東京でしかやらないのだけど、全国にいる皆さんの元まで私たちの方から会いにいきます」ぐらいのものだと私は思っています。すべての公演が同じであってもむしろ当然なぐらいです。披露する曲も変わらなければ順番も同じです。それがツアーの基本形だと思います。デレとミリを例に話をしていましたが、そもそも出演者が毎公演変わっていましたし、中には各公演に異なったテーマ(ミリオン6thの属性別であったり、デレ7thの3公演でタイトルから異なるような)を明示しているツアーを持ち出すのが変だと思います。中華屋の日高屋のメニューに油そばがあるから同じ中華料理屋の餃子の王将に行っても油そばを置いてると決めつけて入店してから「は?メニューにないやんけ!日高屋なら注文出来たぞ」と店員に詰め寄ってるレベルじゃないですか。まあ日〇屋の油そばは専門店ほどではないのであれですけど。あ、今関係ない話をしました。まあ、ツアーは本来アーティストが各地方に凱旋することが目的であって、全通するファンのために構成するものではないのです。出演ユニットがほとんど変わらないツアーにあえてすべて参加するならば、「俺たちが変化を作るし見出してやるぞ」ぐらいの覚悟がないと全通してはいけないと思いますし、そもそもライブやツアーに求めるものがズレているかなと思います。同じセットリストのライブも会場のどの辺りから見るかで受け取り方は変わると思いますし、他の席では気づかなかったことに気づくかもしれません。偶然にも同じような場所であっても、演者さんのパフォーマンスは全てその時限りの1点ものです。今回のツアーに乗せて言うなら、ソロ曲で初めて一人の舞台を経験し、ユニットメンバーのありがたみを再確認した上で披露するユニット曲はきっと違う気持ちで披露しているでしょう。応援の仕方も色々あります。普通に光る棒を振って応援するのも1つ、振りを周りの迷惑にならない範囲で真似るのも一つ、腕を組んで見守るも1つ。同じ曲という素材を使ってひつまぶしのように何通りも楽しむことが出来ます。今のご時世ではあれかもしれませんが、普段は連番しない人と連番するのもまた一つでしょう。出演ユニットも公演タイトルも同じな変化を殆ど期待してはいけないツアーに複数公演参加しようと考えるなら、こんな風に自分から「色々あるライブとの関わり方をたくさん試してやるぞ」ぐらいでないとむしろ複数公演に行ってはいけないでしょとすら思います。勝手にパッケージにないものを期待して、"変わらないものの変化"を楽しむことが出来ないことを棚に上げて、運営に分かりやすい違いを提示されないと楽しいと思えない上に自分の思い通りのライブにならないと「最低」だの「大嫌い」だの、運営に自分の理想を要求する前に自分でやれることを先にしたら?と思いますし、ツアーにたくさん参加しようというやる気はあるのにあまりにも受け身すぎるなと思います。第一、一番変化のあるMCすらろくに覚えてない人が勝手にほとんどの公演に現地に行って制作陣は工夫がないと言う前に各公演でメモを取るなりしなさいよと近所の猫が言っておりましたがね。

ソロ曲はどうなんだ?と言われそうなので

 とはいえ、今回のツアーの目玉の一つに先ほど横に置いていたソロ曲があります。ソロ曲は曲数からして1つの公演で全曲披露はあり得ませんし、ここがどんな分割であれ3都市に分散される可能性が高いのは誰しもが想像できることだと思います。"ツアーの基本形"からこの部分だけたまたま変化が生まれます。だから、ここに変化を求めるのは大いにありだと思います。全部の公演に行ってソロ曲全部回収してやるぞってね。少しだけ私も批判を入れると、ここが4曲分の枠しかなかったこと(=6公演で各1回)と衣装替えの兼ね合いや同ユニットが同じ日に歌わないみたいなところからこの公演はどのユニットが歌いそうだとか何となくわかってしまうところは少し残念だったかもしれません。セトリを予想することはツアーの面白さの1つではありますが、今回のツアーの基本形+ソロ曲と他数曲の入れ替えという構成になっているイベントにその面白さはほとんどありませんよね。ソロ曲がもしも8曲、ないし6曲ずつの披露で2回程度披露出来る構成になっていたらもう少し違うものが見えたかもしれませんね。それに、もしもこの情勢を踏まえて色々検討されていたとしたならば、公演が中止となる可能性なんかも視野に入れて演者さんが観客の前でソロ曲を披露する場を可能な限り用意されるように出来なかったのかなとツアーを終えた今となっては思います。

 公演時間にも過去以上に制約があったと思いますが、その枠をどうにか捻出したいと考えた時に「MCをもっと削れば」と安直に考えてMCを叩く思考回路は分かりますが、それは流石には違うと思いますし今回のライブは総じて"こういうものなのだ"と受け取るのがベターではないかと私は思います。というのも・・・。

工夫と言う論点

 ──構成に工夫が足りない。

デレやミリは各公演にテーマを持たせて色んな曲を見ることが出来た。シャニマスは退屈だった。

そうとは言い切ってないけど、もはやそうだと言わんばかりの論調だと思いました。ここについては言いたいのですが、ただの平和ボケでしょうと。今ってそもそもライブが当たり前の世の中ではないわけですよ。言うなれば、この時代に、この緊急事態宣言下に有観客でライブを開催出来たことがもう奇跡的ですし、工夫の賜物ではないでしょうか。万が一稽古でクラスターが起きたらライブツアーが潰れてしまう。そうならないようにレッスンの方法を変えてみたり、同時にレッスンする人をグループ分けするみたいな話もきっとあったでしょう。ガイドラインに沿って「会場動員を半分にしても5000人を超えないように」とか、色んな条件を満たす会場はどこなのか選定する段階でもきっとそんな議論もあったでしょう。実際どうだったかは知りませんよ?私は素人ですから。今の時代にライブをやるのですからこれらの、いえ、もっと多くの検討を重ねて緻密に構成してやっとこのツアーが実現したのだと思います。これを工夫と言わずして何と言うのでしょうか。3都市を巡るツアーに勝手に構成の変化を期待し、楽しめなかったことを運営や演出のせいにしてネット上で汚い言葉を使って暴れるなんて時間の無駄だとしか思えません。

 それに、普段ならば私もライブに行かない人が悪いと思いますし、「こっちは行けるように貯金してきたし予定も調整してんだ」と思っているかもしれません。しかし、今は「医療関係で働いているから」「介護施設で働いているから」色んな事情で県外移動を自ら制限している人や職場からやんわり規制されてる人もいると思います。そんな人もごくありふれている世の中なのにライブに行っておきながら勝手に期待を膨らませて思い通りにならなかったらネット上で大暴れって平和ボケもここまでくると迷惑だなとすら思います。まあ医療従事者等に知り合いがいないんだろうなと推測しますが。「コンテンツをよくするためだ」みたいな話もありましたが、シャニマス3rdを知らない人があんな投稿を見たらどう思うでしょうか。私が外部の人間なら「シャニマスっておもんないんだな。ワロタ。」としか思いません。私がコンテンツをより良くしたくて感想を発信するなら「ここがすごくよかったんだよ。ただ、ここがもしもこうならもっとよかったかもな~」って文章構成にすると思います。

そんなことはどうでもいいんですよ

 何でむきになっているのでしょうか私は。そんなことはどうでもいいのです。シャニマス3rdツアー最高だと思いませんか?どれを取ってもいいのだけど、一番印象に残っている曲があります。Resonance⁺です。LWシリーズの表題曲ことこの曲ってすごくツアーを感じた1曲だなと思います。名古屋初日にアンコールで聞いた時は「これからツアーが始まるぞ!」とすごくフレッシュな1曲だと感じました。それが3都市6公演を踏まえ、最終地の福岡で聴くときにはもう名古屋で見た時よりも何重にも厚みを増した曲に成長しているなと感じました。単に演者さんの練度が増しただけではありません。シーズの途中参加によってこのResonance⁺の歌声が「七色」に重なり、楽曲が完成する様子をこの目で見ることが出来たわけですよ。それだけではありません。歌声に演者さんのツアー内の色んな嬉しかったことや悔しかったことが折り重なって「福岡公演のResonance⁺」だったんだと思います。これこそがツアーの醍醐味だと思います。名古屋と東京ではアンコール1曲目、最後の最後に福岡でResonance⁺が大トリを務めるわけです。福岡でしっかり七色が揃い、長かったツアーの最後の1曲を務めるという意味は本当に大きいと思いました。アーカイブで確認したのですが、曲中に客席に向かってでしか見えない垂れ壁に「ツアーおつかれさまでした!」の文字が浮かびあがるんですよ。にくい演出だなと思いました。そんな色んな要素が絡み合って、Resonance⁺が自分の中で巨大なものになりすぎてもうエモいみたいな言葉で表現するのがもはや安っぽいぐらいで何かいい言葉ないですか?って気持ちになっています。歌詞もいいんですよね。このフレーズはツアーのここに重なるなとか、ここはこの場面を思い出させるなとか。曲はツアーよりも前に出ていたはずなのに、後から伏線を回収していくような感じもまたこの曲の素晴らしいところだと思っています。この曲はずば抜けて「ツアーだな」と感じましたが、他にもソロ曲を経験したユニット曲も素晴らしかったですし、ユニットの途中参加や過去には正直ちょっとあぶなっかしいなと感じていたユニットが先輩ユニットとして頼もしさをみせたり、色んないいなと思うシーンがありました。本当に参加出来てよかったです。

終わりに

 シャイニーカラーズに関わる皆さんが様々な経験をし、シャイニーカラーズの明るいこれからを予感させる曲と共に幕を閉じた福岡公演は私がこれまで参加したライブの中でもTOP5には入る素晴らしいものでした。「Resonance⁺」は次いつ聞けるのか分からないし、SOLAR WAYのサビ前の微妙に揃ってないオタクたちのワイパーももう当分見ることは出来ないんだなと思うと少し寂しいですが、まだ回収出来ていないソロ曲やオリメンでは回収できていないユニット曲に出会えることを楽しみにこれからも過ごしていこうと思います。ここまで読んでくださりありがとうございました!

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